お仕事でご一緒したガイドの中で忘れられないのは、ベテラン通訳案内士のAさん。60代の男性ガイドさんで、日本に帰国したばかりの私はまだ通訳案内士の資格を持っておらず、アシスタントとしてツアーデスクを担当した時にAさんにお会いした。
時期は90年代、バブルは崩壊後だったが日本はまだ物価が高く、外国人観光客は驚くほど少なかった。当時のガイドさんは年配の方々が圧倒的に多かったと思う。
バス複数口の大型ツアー
そのお仕事はアメリカ人の特別募集ツアーでお客様は100人越えだったと記憶してる。バスは４台でガイドさんは４人。
ツアーデスクにいた私は、ホテル内のご案内や、集合したお客様の出発の誘導、バスの配車管理、レストラン等の確認などを担当していた。
お客様の乗るバスの号車は決まっておらず、集合した順に乗せて、一定の人数になったら出発するという方式だった。この方式は珍しくなく、早く集合した人が時間に遅れがちな人を待たなくていいという利点がある。
一方で1号車から４号車まで、各バスのガイドと本国から来る添乗員は決まっていた。
露呈するガイドの人気の差
初日の都内終日観光が無事に終わり、2日目「富士箱根終日観光」の朝、私が早めにデスクに来ると、もう数人のお客様が集合していた。
「Aさんのバスはどれ？」と聞いてくる。出発時間までまだ３０分以上ある。
別の人は「昨日Aさんのバスに乗って本当に楽しかった。博学だし、説明もうまい。そしてなんと言ってもチャーミングで感じがいい」と言う。
ある人は「昨日は別のガイドさんのバスに乗ったが、今日はAさんのバスに乗りたい。とてもいいガイドだと聞いた。ぜひとも説明を聞きたい」と言う。
どうやらお客様同士が交流し各ガイドさんのお話になったようだ。
3日目の「鎌倉終日観光」の日もかなり早くからお客様が集合してて、みんな口々に「Aさんのバスに乗る」と言って聞かない。
そして配車されたバスの扉を開けてもらうとみんな乗り込んで動こうとしない。出発までまだ40分もある。バスのドライバーさんも驚いていた。
正直なお客様
ツアーデスクにはクレームも寄せられる。私と一緒に日本の手配会社の人がいたが、英語が話せないためお客様のご意見を私が通訳しなくてはならない。
「昨日のガイドさんは英語の発音がよくなく、何を話してるのかわわからない」
「感じもよくない。質問もかわされた」
「箱根までの移動時も早々とマイクを置いてしまった」などである。
「Aさんの案内で観光したい」
「同じ旅行代金を払ってるのいいガイドさんに付きたいのは当たり前のはず」
などお客様は率直な意見を述べられた。
実は私だって…
ハワイ旅行が当たった時、高慢な日系人ガイドさんのバスに当たり、ルーティンのような仕事ぶりで、お客さんのの質問にも答えず、「はずれ」だったことがある。無料だから文句は言えないが、もう一台のバスのガイドさんは感じもよくて「あっちに行きたい」とすら思った。
愛される理由
Aさんがお客様から愛され、絶大な支持を得る理由はなんだろう。そして他のガイドさんとの圧倒的な違いは？考えてみた。
Aさんはお会いするといつも朗らかで優しく、外見の印象は清潔感があり、とても上品だ。
またバスに同乗した米国人の添乗員曰く、Aさんは知識が素晴らしく、外国人の目線の説明にはご本人らしい工夫がされている。そしてフレンドリーで、日本に対する疑問を聞きやすい雰囲気があるし、事実あらゆる質問に喜んで答えてくれたと言う。
そしてなんと言ってもAさんは人間的に余裕があるのだ。人に与えるストレスが一切なく、むしろ一緒にいて心地のいい人だと思う。
Aさんと再会
私が通訳案内士になり、ガイドの集まりでAさんとお目にかかる機会があった。
私が昔ツアーデスクをしたと話すと「ああ、そんな大きなツアーのデスクを！それは有難うございました」と丁寧なお礼を言ってもらった。
なんと謙虚な方だろう。
私が受けた好印象は、海外からのゲストに対しても同じなのだと思う。日常の人間としての品格は、ガイドの品格にも現れるのだ。「キャラ」というものがあるが、ガイドのキャラクターは無理やり作り出すものではない。その人の人間性が現れ、国境を越えてお客様にも伝わるのがガイドという職業なのだと思う。
お会いした際、Aさんはそろそろ引退するとおっしゃられた。その後、お見掛けしないのでやはり引退されたのだろう。
でも今も周囲の人を幸せにして、みんなから愛され、お元気でいらっしゃることと思う。
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